起業決意から「石の上にも3年」でみつけた夢

  • URLをコピーしました!


〜 Chapter4 horizon 〜

『地平線、水平線』

水平線、地平線をイメージしてみたら

「砂漠と青空」が出てきた。

2024年3月の時点で

まだ私は「どう生きるのか」目標を探して

歩き続けているような状態だった。

「色遊びのレッスンも出来たら良いな」

漠然とした想いはあったけど

仕事としてやっていく覚悟はなかった。

時を遡り…私が起業を決意したのは

今から3年前のこと。

どうして公務員を辞めようと思ったのか?

・末っ子が小学生になれば時短がとれず

 帰りは夕方になるから、運転が怖い

・運転が出来ない=退職

 「雇われ」から無収入になるリスクの回避

・子どもの帰りを、家で待ちたい

・公務員のルールや事務が性に合わない

・管理職になり、現場から離れた事による

 保健師としてのやりがいの喪失感 etc.

何度も、辞めたい気分の波がやってきて

合わない石に、5年も乗ってられるか!!

と思いながらも、夫との話し合いで決めた

「あと5年」の約束を耐えてこれたのは…

石の状態=職場も、変わっていったから

なのかもしれない。

上司には恵まれなかったけど

同僚には、助けられた。

休み返上のコロナ対応も変化していった。

石の上にも3年、とはいうものの

石の状態も、ずっと同じではない。

そんな中、出会った色遊びのレッスン。

合わない石に乗り続けながらも

3月から課題に取り組んだ。

レッスンを進めていくたびに

「やっぱり、絵を描く時間が好き」

改めて感じ、子どものように夢中になった。

12課題が終わる5月には

「この楽しい時間で、社会の役に立てたら

めちゃくちゃ幸せな働き方だ」と思い

「自宅でお絵描き教室を開く」覚悟ができた。

乾いた砂漠を彷徨っていた私が

オアシスを見つけた瞬間だった。

子どもは耐えずに「変えてイイ」

自分の仕事もさることながら

子どもの習い事も、続けるか辞めるか?

迷うことが何度もあった。

特に、次男が水泳を始めた時のこと。

本気で溺れて、水をたくさん飲んでしまい

スイミング教室を怖がるようになったのだ。

親としては、いざという時のために

泳げた方が絶対に良い!と思っていたから

無理してでも行かせるか、真剣に迷った。

トラウマ級の恐怖を感じてまで、続ける?

泣いてるのに、そこまでする必要ある?

生まれてまだ6年しかたっていない子に

そんな苦行を強いる気には、なれなかった。

そうしてしばらく、心を休めていたある日。

次男の方から「習字、習いたい〜」

「家の近く、〇〇ちゃんも行っとる」と

教えてくれた。

まさかの、家から歩いていける距離。

先生は、めちゃくちゃ褒め上手で

自宅教室という事もあり、とてもあったかい空間だった。

習い事って本来、楽しいものだよね。

私も、色遊びで描いた絵を飾るたびに

家族が褒めてくれたから

嬉しい気持ちになって、続けられている。

この先生に、この子をみてもらいたい。

直感で、そう感じた。

子どもは特に、本音・本能で生きている。

その声、反応、流れへの対抗をやめたら

とてもあったかい先生に、巡り会えた。

「石の上にも3年」なんて概念は

子どもの場合、外してあげた方が良い

心底、私はそう思った。

合わない場所で耐えるのか、辞めるのか。

どっちが良い、悪いの話ではなく

選んだ道でどう生きるのか?

そこと向き合うことが、大切。

砂漠の「horizon 」を描いてから半年。

「地平線」は、乾いた土の砂漠ではなく

緑豊かな大地に、あたたかい朝陽のような

満たされた色になった。

〜みらい〜

片目で生きる3児のママ保健師(現役公務員)

独立開業に向けて、日々、奮闘中。Instagramで発信しています。

あなたの貴重な時間を使って読んでいただき、ありがとうございました♡

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次